公文の有用性
10月17日(日)
怒涛の1週間が過ぎました。娘の予定ではなく、私の方が忙しくというものですが。
共働きですので、当然、妻も多忙です。互いに空いた時間を上手く使わなければ、家事や勉強を回すことができません。
本来であれば、娘の勉強予定を計画立てて、その進捗や対応策を実行していかなければならないのですが、それは不可能ですね。
公文の有用性
その意味で、公文に勉強を見てもらうというのは、共働きにとって非常にありがたいです。私の考える基本有用性は以下3点。
- 幼少期から大学レベルまで学習計画が決まっている
- 毎週の課題量が決まっている
- 個人のスピードに合わせて進めることができる
公文に対して、やたら喧嘩腰の方が時々いらっしゃいますが、理解不能です。
「公文算数では応用力や思考力が身に付かない」
→公文に求めすぎです。公文は代数計算に絞ると明言しています。
「公文国語は読解力が身に付かない」
→公文に求めすぎです。文章を定期的に一定量読むという点に絞れば、大変優れた教材だと思います。
公文だけで、一定レベル以上の中学受験を乗り切ることは不可能です。そんなことまで公文には求めていません。
あくまで、低学年のうちに基礎トレをする場だと思います。言い換えれば、高学年でやる意味は少ないかもしれませんね。このあたりは、我が子を見ながら検証していきたいと思います。
いずれにせよ、共働き世代にとって公文は有用な教材と言えると思います。